三島由紀夫 vs 東大全共闘 50年目の真実 という映画がAmazon Primeに入ってて観た。
ずっと観たかったんだけど、映画館での上映を見逃してやっと観れた。
流石の東大生と三島由紀夫のやり取りなので、内容がハイレベルで面白かった。
ついていくの大変だったけど(ΦΘΦ;)
三島由紀夫は金閣寺を読んだ時に衝撃を受けて好きになった。
他の作品も読んだけど、葉隠入門や行動学入門も読んだりした。
この行動学入門と葉隠入門は僕に影響を与えていて、今の僕を形成しているひとつになっている。
(ただ、内容自体という訳でもないのだけれど、出会った事に意味はあった。)
ゲリラ個展とあまり三島由紀夫は関係ないように思われるかも知れないけど、僕の中では関係性が深い。
映画を観ていてると会話の中にも“行動”という言葉が出てきて、認識と行動の対立について話をしている。
ゲリラ個展も認識より行動による派生を期待している所もあって、行動によってでしか得られない事象を求めていた。
また、キャンバスの絵は他人の行動の結果を描いている。その人がその時代のその時に行った行動により現れたロゴ等を描いている。
僕は
思考は歴史に残らない。
行動だけが歴史に残る。
と考えていて、そしてその行動の証をキャンバスに落とし込み、形ある“モノ”に変換しているつもりだ。
そしてそれは僕と他者を繋ぐものとなり得り、さらに僕と他者の存在の確証になるものと信じている。
それにより僕自身の存在を確認しうるのである。
また、ゲリラ個展の形式により、空間を共有し僕とキャンバスの対象者のみならず、多くの他者を巻き込み成立させる目論みもあったり(ΦΘΦ;)
もうひとつの目論みには“時間”も加わっていて、キャンバスの裏には必ず描いた日付を書いている。
キャンバスが時と共に価値を失い忘れられていく中で、数年先にふと、キャンバスの日付を見た機会があるとしたら、そのにあるものは風化した時間の痕跡と同時に当時の記憶を蘇させる装置となる。
その時に僕という存在が対象者にとって数年先にも、もう一度記憶に刻まれ、その存在が確固たるものに変わる。
行動、空間、他者と自分、存在、時間、記憶 …etc.
そんな事を確認する為の実験がゲリラ個展です。
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